小説家を目指して

第一章  雪の中の鶴

 

・野犬狩り

 

野犬の唸り声が、遠くに聞こえた。おとりの山羊がおびえて檻の中で、がたがた騒いでいる。しばらくすると、野犬の息つかいがすぐ近くに聞こえてきた。とうべいは塀の裏で息を殺して待った。塀の隙間から透かし見ると、月明かりの中に10匹ほどの野犬が様子をうかがってこちらを睨んでいる。すさまじい恐怖のために、山羊は檻から逃げようとしてがたがたと騒いでいる。四、五匹の野犬が山羊の檻に向かって忍び寄った。とうべいは山羊の檻に通じる通路に落とし戸の罠を準備していた。獲物が入ったら入り口の戸を落とす仕掛けである。野犬が通路に入ったのを確認し、入り口にある落とし戸の支え縄を切った。落とし戸は大きな音を立てて落下した。閉じ込められた野犬がものすごい声で唸っている。口から火がでるのではないかと思える唸り声だ。とうべいは、準備していたたいまつに火を付けた。庭の端で、低い怒りを含んだ唸り声がしている。四、五匹の野犬が牙を剥き、ものすごい眼光でこちらを睨んでいる。野犬の群れが、あらかじめ用意しておいた箇所にいるのを確かめて、手元の綱を切った。野犬は三尺ほどの丸い塊となり、勢いよく二間ほど庭の上に持ち上がった。野犬の声は先ほどの威嚇するような唸り声から、鳴き声に変わっている。竹の反動を利用して網がつり上がる仕組みを昼間に仕込んでおいたのである。吊り上げ罠に掛からなかった野犬がまだ数匹庭の端でこちらを睨んでいる。二匹の野犬がこちらを見ながらおびえた声で吠えている。とうべいは、間を置かずに野犬の一匹を狙って弓を射た。すぐに、次の矢を二匹目に向かって放った。矢は二本とも、見事に野犬の眉間に当たって、どっと倒れた。庭の端で、群れのボスであろうかひときわ大きな野犬がこちらを睨んでいる。その瞬間、野犬のボスが突進してきた。弓では対処できない間合いのために、とうべいは腰に差していた二尺ほどの二本の棍棒をすかさず構えた。野犬の頭はものすごい早さでとうべいの首筋に飛びかかってきた。野犬がとうべいの首筋に届く直前に、とうべいの棍棒が野犬の鼻先と頭を打った。とうべいは、横に体をかわしている。野犬のポスは倒れず、着地すると同時に、再びとうべいに飛びかかった。棍棒が目にもとまらぬ早さで野犬の鼻先と頭を叩いた。野犬の巨体がどっと地面に落ちた。野犬の頭は三度は襲ってこなかった。とうべいは用心深く構えを崩さず、野犬の頭の動きを確かめている。その時、庭の端にまだ、生まれて間がない子犬がいることに気づいた。子犬は逃げずに近寄ってきた。檻の野犬は頭を叩いて黙らせた。その後、貴重なタンパク源となった。毛皮も大事な収入源となる。野犬の頭と子犬を檻に入れ、水と食べものを与えて放っておいた。野犬の頭は七日ぐらい経つと、傷が回復し、檻の中を動き回った。とうべいは、野犬の頭に「頭領」と名を付けた。しばらくしてから、首に縄を付けて近くの山野を連れてあるいた。

 

一ヶ月ほど経つと、頭領はとうべいのいうことを聞くようになった。子犬はすぐになついて、畑に行くときも頭領と共に着いてくるようになった。子犬にはコタロウと名を付けた。この当たりには、野犬だけでなく、イノシシや鹿、熊なども出没する。コタロウは、危険が近づくと大きな声で鳴き危険が近づいていることを知らせる。また、大きなイノシシなどにも勇敢に向かって行く。形は小さいが、なかなか頼もしい用心棒となった。それから1ヶ月ほどしてからは綱をほどき、犬小屋に頭領とコタロウを一緒に棲ませた。

 

・開墾 

                                                                      

   冬場は家の周りは雪で閉ざされる。南向きの日当たりのよい場所に家はあるが、腰ぐらいまで雪が降る。とうべいの家族は妹のさやかだけであり、人里離れた場所にあるために、人がくることはない。冬場の畑の野菜は雪の下に埋められている。自然の貯蔵庫である。米は、冬になる前に行商に行き、帰りに買ってくる。冬は外の仕事ができないので、家の中で竹細工や木の箱やまな板などの木工品を作る。作ったものは春になると、行商に持って行き、少しずつ売って生活の糧にしている。これらの竹細工や木の道具は評判がよい。竹細工は、水入れや水筒、かごなどである。木工品は、木の箱やまな板、音のする小さなおもちゃなども作る。こどものおもちゃは、妹のさやかが作ることが多い。さやかは十二歳になった。さやかは手先が器用であり、こどものおもちゃは可愛いと評判がよい。動物の毛皮をつかった防寒着などもさやかがつくる。

 とうべいの父は小さな地方豪族の家来であった。父の使えた豪族は、日本を東西にわけた大きな戦の際にどちらの勢力にも加担しなかった。この藩は取りつぶされ、父は浪人となった。母とまだ、五歳であったとうべいをつれて、この地に移り住み、小さな家を建てた。山の植物や鳥などを捕り、家の側に小さな畑を開墾した。畑は毎年少しずつ広げていった。貧しくはあったが、平穏な日々であった。父はとうべいに、剣術や体術などだけでなく、読み書きそろばんも教えた。毎朝の鍛錬は、物心ついたときからの習慣となっている。とうべいは父の開墾も手伝い、畑仕事も一緒にやった。また、山にもついて行った。罠や弓矢で野鳥や鹿などをとる方法も教わった。幼少からの訓練の成果もあり、とうべいの腕前は父も感心するほどのものであった。特に弓においては、15間ほど先の野鳥を仕留めることができる。あるときは、30間ほど先の野鳥を仕留めて、父を驚かせた。母は教養のある優しい人であった。読み書きそろばん、竹細工、木工細工も父と共に夜なべ仕事として習った。

とうべいが七歳になったときにさやかが生まれた。父も母も大いに喜び、家の中が明るく楽しい暮らしとなった。しかし、父は五年前に足の傷が元で、亡くなったのである。山で猟をしていた際にあやまって、竹の切り株を踏んだのだ。その傷が化膿し、数日間高熱が続いた後、とうべいを枕元に呼び、後を頼むぞといったきりであった。とうべいが十五歳の時であった。とうべいも、母もさやかも声を上げてないた。

    春になると、森を開いて畑をつくる作業を始める。父が生きていた時は毎年、少しづつ畑を広げる作業を続けていた。とうべいもそれを受け継いでいる。毎朝起きると、剣術と体術、弓の稽古、手裏剣の練習をする。その後、朝食を取る。開墾作業は力のいる地道な作業である。木を切り、木の根を割る。開墾作業を続けていることもあって、体はたくましい。昼飯の後は、山に入り、仕掛けておいた罠を見回ったり、鳥や鹿などの獲物を弓で取る。捕った獲物は干し肉にしたり、塩漬けにする。これらは、日々の食料として活用するだけでなく、行商に行って売る。一ヶ月に一度は、これらの干し肉や塩漬けなどを担ぎ、五里ほど離れた街に出かける。もって行った品物を売り、帰りには食料や身の周りの必要なものを買って帰る。帰りには必ず、妹のさやかのために、団子などの土産を買うようにしている。

 

・雪の中の鶴

 

  秋のある日、とうべいが狩りをしていると、頭領が吠えている。その場所に行くと、傷ついた鶴がもがいていた。抱えて帰り、傷が直るまでと思い、家で世話をした。妹のさやかは兄との二人ぐらしのために寂しい思いもあって、よく世話をした。一ヶ月もすると鶴の傷は治った。一緒に暮らすと情が移るものである。さやかの思い入れもあり、そのまま家で飼おうかとも思ったが、なぜか家で飼うことにためらいがあった。それは、とうべいのこころの奥底にある思いである。言葉で表すことは難しいが、人間を含めた動物も自然も本来あるべき姿があり、本来の姿が一番望ましいとの思いであった。ある小雪の降る朝、とうべいはさやかと一緒に鶴を野に離した。とうべいとさやかは寂しそうな顔で鶴を見ていた。鶴は名残惜しそうに二人を見ていたが、しばらくじっと二人を見てその後に飛び立ち、頭上でくるっと一回りして大きく一声なき、去って行った。とうべいとさやかは別れの悲哀を感じていた。父はさやかが八歳の時に亡くなった。母はその五年後に病で亡くなった。その時の悲しみを二人とも思い出していた。

 

 それから、三日ほど経った日の夕方、ひとりの娘が訪ねてきた。

「道に迷って難儀しています。一晩とめてください」 

「それはおこまりだろう。どうぞ、休んでいってください。」

とうべいは、いろりの端で一緒に雑炊を食べながら、娘の話しを聞いていた。名前はユキだという。年は一八とのことであった。遠いところにある親戚に行く途中で道に迷ったという。とうべいとあやかは何故かユキと初めて会ったような気がしなかった。

翌日から、ユキは、よく働いた。不思議なことに、親戚の話はその後一度もしなかった。さやかと一緒に食事の準備や竹細工などもせっせとこなした。とうべいには、さやかがすごく元気になったのが分かった。

 

 

 

 

第二章 友

 

 

・とうべい漬

 ユキはとうべいの元に住み着いた。とうべいは自分自身、欲が少ないほうだと思うが、家族が三人になったので、もう少し稼ぎを増やしたいと考えるようになった。

「ユキ、もう少し蓄えがあった方がいざという時に安心だと思うのだが、どうか

 な。」

「だんな様、ユキは今のままで十分でございます。だんな様とここで一緒に住めるこ

 とがなによりも幸せに思います」

とうべいは喜んだ顔をしたが、しばらくして考えていた。

「山の獲物や竹細工も作れる数は知れている。作物とて、さほど多くはとれない。ど

 うしたものかな」

ユキはしばらく考えていたが、何かを示唆するように言った。

「海の方に行かれてみてはどうでしょうか。何か見つかるかもしれません。」

ユキは自分でも不思議に思うことがある。夢の中で、だれかが出てきて暗示を与えるのである。今日、とうべいがユキに稼ぎを増やすことを聞くことは分かっていた。夢の中でとうべいに答えるべきことは、「海の方へ行ってみたらどうか」ということであった。ユキは夢の暗示を不思議だと思うが、誰にもこの不思議な力のことを話したことはない。ユキがとうべいの元に来たいきさつも、夢の中で暗示されたことによる。山の中で妹と二人で暮らしているとうべいのもとへ行くように暗示された翌朝、ユキは起きると、母親に言った。

「おかあさん。私はこれから、五里ほど山の中のとうべいさまという方のところに行

 きます。二度と帰ってくることもないと思います。お母さんも体に気を付けて長生

 きしてください」

母親は突然の娘の話にびっくりした。以前からなんとなく娘の能力に気づいていたので、娘の話を聞いて、やっぱりそうだったと思った。母親は、涙を流して、ユキを見送った。ユキの家はまずしく、近いうちにユキを子守か人買いに売らなければ食っていけないとユキの父親と相談しているところであった。ユキには幼い妹と弟がいて、食い扶持の工面にも苦労していた。ひえで作ったにぎりめしをユキに持たせ、娘を見送った。ユキには、とうべいの元へ行く道筋がはっきりと分かっていた。五里以上ある山道ではあったが、夢の案内の通りにいくと、とうべいの家に着いたのである。

 

 

「そうか。それでは明日、行商に行ったついでに海の方まで足を伸ばしてみるか」

翌朝早く、とうべいは行商の品物を担ぎ、家を出た。今は用心棒となった頭領に

「みはりをしっかり頼んだぞ。ユキとさやかを頼むぞ」と言った。頭領の側には、子

 犬のコタロウが分かったと言わんばかりに、一声ワンと鳴いた。

 

 

 いつものように、山で採れたイノシシの干し肉や、竹細工や木の実などを背負い出かける。十五貫ほどもある荷物を軽々と背負う。「干し肉、竹細工、木の実」と大きな売り声を上げながら歩く。ユキに言われた通り海辺まで来た。海辺に来たのは久しぶりであった。遠くの水平線を眺め、こころが広がっていくように思えた。漁師が漁を終え、魚を陸揚げしていた。その様子を眺めていたとうべいは、魚の入れ物の側に、網に掛かった海藻を積み上げているのを見つけた。漁師に、その海藻はいらない物かと尋ねると、漁師は言った。

「あんた、見慣れない顔だね。ここら辺では、海藻はよいところだけ使い、端くずは

 捨てるんだよ」

「それを貰ってもよろしいか」

「ああ、いいよ。好きなだけもっていきな」

 

とうべいはそれを貰い、他のところも見て歩いた。小さい魚も同じように捨てている。それも貰い、帰りに米と麦、塩と砂糖、醤油を買った。なにか新しいことができるのではないかと心が躍る。帰りに、ユキとさやかに土産の団子を六本買い、帰路についた。

 

 家に帰り、海藻や小魚を使って何ができるかと相談し、漬け物をつくることにした。とうべいとユキは海産物と小魚、山菜を砂糖と醤油で煮込んだ。味見をしてみるとこれはうまい。確かにうまいが、もう少し何かあった方がよいように感じる。そこで、唐辛子と山の薬草の粉を加えてみる。これは見事な味だというものができた。味をなじませるために三日置いて、竹の容器に目分量で入れた。大きい物や小さい物合わせて50個ほど作る。漬け物の名前は「とうべい漬」ということにした。この「とうべい漬」を三十個ほどもって、早速行商に出かけた。どの程度の値段にするか迷ったが、ユキと相談し、入物ごとに値段を付けることにした。

 

「最初に言った値段から少し値引きして売ると喜びますよ。」

 

なるほど、人間は得をしたと思うと喜ぶものだ。

中ぐらいの物は、三十文(今の七百円程度)から始めて、二十文程度で売ることにした。それぞれの容器に入れる量を均一にしなかったことには理由がある。同じ入り目にすると、値切られた値段になり、段々と安くなる。それぞれの容器の量が違えば、そのようなことはなり。値段の交渉に長い時間を割くのは行商人として避けたいことである。行商できる時間は限られている。とうべい漬の味には自信があったが、実際に売れるまでは時間が掛かるかもしれないと思う。

 

 

 いつも通る行商先の町までの道中、「とうべい漬うまい、新発売。一度食べたら、やみつき」と声を出してあるいた。乾し肉を購入したことのあるおかみさんが呼び止めた。

「とうべいさん、新発売だって。いくらするんだい。負けてくれたら、買ったげる

 よ」といった。

「ありがとうございます。まずは、味見してみてください」

と箸でつまんで、笹の葉のさらに乗せて差し出す。おかみさんは、口に入れた途端、

 

「うまいね~。これじゃ、ご飯がすぐになくなっちまうよ」といった。

 

「そうですか。それはよかった」

 

「いくらだい。安かったら買うけど。この小さいのでいくらだい」

 

「そうですね。二十五文と言いたいところですが、今日は特別だ。二十二文におまけ

 しときます」

 

「もうちょっと、なんとかならないかい」

 

「う~ん、よわったな。しょうがない。新発売なので特別に、二十文にします。他の

 人には内緒ですよ」

 

「よかった。ちょっと待っとくれ。となりのおかみさんにも紹介してくるか

 ら・・・」

五分ぐらいすると、近所のおかみさんを三人連れてやってきた。同じように味見の笹の葉を差し出す。口々に

 

「これうまいね。どうやって作っているんだい」

 

と聞いてくる。

 

「作り方ですか。新鮮な海藻と小魚、秘伝の薬草を使っています。体にもいいです

 よ。」

 

 といって、宣伝する。

容器ごとに重さを手で確認して値段を決める。同じように少し値段を引いて売る。そのときに、

「みなさんだけの特別な値段ですから、絶対に口外なしですよ」

 

と念を押すことを忘れない。人間はなぜか秘密だといわれると余計に人に言ってし

まう癖があることを知っている。

 

四個が売れた。

 

「又のご贔屓をお願いします」

 

と立ち上がったそのとき、別のおかみさん二人と、農夫三人が寄ってきた。“とうべい漬”を味見して、ひとりの農夫が感心した声でいった。

 

「これはうまい。これだけで、めしが食える」

大き目の入れ物のものを購入して喜んで帰っていった。あっという間に、九個が売れた。次の集落でも同様に、五個のとうべい漬が売れた。途中の少し大きな町では、七個が売れた。三十個持ってきたので、残りは九個になり、荷物が軽くなった。これは初日にしては上出来だなと、心の中で喜んでいる。猟師町で例のように、海藻と小魚を貰い、日用品を買い、良く売れたので、土産に団子を十本買った。

 

途中、とうべいの帰り道を数人のおかみさんが待ち構えていた。残りの九個はすぐに四個だけとなった。次の集落に行くと、また、同じように五人のおかみさんが待ち構えていた。残り四個しかないということで、じゃんけんで決めることになった。あぶれた一人が可哀想なので、こっそりと蔭で団子を一本四文(百円)で売ってあげた。そのおかみさんが、小さな声でいった。

 

「こんどは団子もたくさん持っておいでよ。売れると思うよ」

 

次の集落でも待ち構えているおかみさん連中がいたが、残念ながら売り切れたことを告げたら、ひどく残念がって、「今度はいつ、売りにくるんだい。」と聞く。五日後だと聞くと、必ず、ここで待っているから寄ってくれという。約束をして、家に帰っていった。

 

家に帰ると、ユキとさやかが待っていた。ふたりは、とうべい漬の売り上げの様子はどうだったかと遠慮しながら尋ねた。全部売れたと聞くとたいそう喜んだ。次の行商での「とうべい漬」の約束までされたことを話すと、二人はびっくりした。三人はとうべい漬の最初の行商がうまくいったことを喜びながら、みやげの団子を喜んで食べた。団子の味もなおさらにうまく感じた。

 

次の行商の為に、猟師町で貰った海藻と小魚および山の材料を準備し、今度は百個ほど作った。次の行商が楽しみになった。三人でせっせと準備を進める。海藻と小魚の薬草の煮込はユキとさやかが行い、竹の入れ物を作るのはとうべいの仕事となった。とうべいはのこぎりで竹を切り、小刀で丁寧に仕上げていく。この竹の入れ物も、後に評判となることを、このときにはまだ知らない。